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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13038号 判決 1987年1月26日

甲事件原告兼乙事件被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 甲野一郎

甲事件原告兼乙事件被告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士 小口恭道

甲事件被告兼乙事件原告 乙山夏夫

甲事件被告 乙山一男

右両名訴訟代理弁護士 堀本縣治

主文

一  甲事件被告らは各自、甲事件原告らに対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  乙事件原告と乙事件被告ら間の松戸簡易裁判所昭和五六年(ノ)第三号賃借権確認調停事件に関する訴訟委任契約に基づく乙事件原告の乙事件被告らに対する弁護士報酬支払債務は元本につき金一〇〇万円を超えては存在しないことを確認する。

四  乙事件原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、これを五分し、その四を甲事件原告兼乙事件被告らの負担とし、その余を甲事件被告兼乙事件原告乙山夏夫及び甲事件被告乙山一男の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件被告らは各自、甲事件原告らに対し、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月末日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は甲事件被告らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 甲事件原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 乙事件原告と乙事件被告らの間の松戸簡易裁判所昭和五六年(ノ)第三号賃借権確認調停事件に関する訴訟委任契約に基づく乙事件原告の乙事件被告らに対する弁護士報酬一一〇〇万円の支払債務の存在しないことの確認を求める。

2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二当事者の主張

(以下、それぞれ、甲事件原告兼乙事件被告甲野太郎を「原告太郎」、甲事件原告兼乙事件被告甲野一郎を「原告一郎」、甲事件被告兼乙事件原告乙山夏夫を「被告夏夫」、甲事件被告乙山一男を「被告一男」という。)

(甲事件)

一  請求原因

1 委任契約

(一) 被告夏夫と乙山春夫(以下「春夫」という。)は、昭和四二年一一月二八日、同人らの父乙山松夫(昭和二三年一月二〇日死亡。以下「亡松夫」という。)の遺産分割に関連し、別紙物件目録記載一ないし五の各土地(あわせて以下「本件土地」という。)合計三三〇四平方メートルは、春夫がこれを相続して所有することを確認するとともに、被告夏夫が、春夫から、これを畑として耕作する目的で期間二〇年間の約定で賃借する旨の契約(以下「旧賃貸借契約」という。)を締結した。

ところが、その後、春夫は、本件土地を自ら耕作し、また、同土地上に栗の木を植える等して、被告夏夫の本件土地の使用を許さず、右賃借権の存在を否定するに至った。

(二) そこで、昭和五五年九月末頃、被告夏夫は、知人丙川五郎(以下「丙川」という。)の紹介により、いずれも東京弁護士会所属の弁護士である原告太郎及び原告一郎に対し、春夫との間の本件土地に関する紛争事件の解決につき、左記(1)及び(2)の内容の委任事務の処理を依頼したところ、原告太郎は自ら本人として、かつ、原告一郎代理人としていずれもこれを承諾し、ここに、原告らと被告夏夫との間に、右内容の委任契約(以下「本件委任契約」という。)が成立した。

(1) 委任の目的 本件土地について、旧賃貸借契約により設権された農地賃借権(以下「旧賃借権」という。)又はこれと同程度の内容の農地賃借権を確認又は設定する。

(2) 報酬 委任事務処理の終了後に合意により定めることとする。

なお、右時点において、一応の目安として、原告太郎、渡邉及び被告夏夫の間で、報酬は一〇〇〇万円を下回ることはないことが了解されていた。

2 委任事務の処理

(一) 原告太郎は、まず、丙川及び被告夏夫から聴取した事情により、春夫の戸籍及び相続権に疑義ありと判断して、春夫及びその母乙山竹子(以下「竹子」という。)の戸籍を調査、検討し、又、亡松夫の遺産分割と本件紛争との関連に着目して、同人の遺産である各土地の登記簿謄本を調査、検討し、更に、本件土地が農地であったことから、その譲渡許可の可能性等を調査するため現地の農地委員会を訪れるなどして、事前に準備をなした。

(二) そして、原告らは、昭和五六年一月、松戸簡易裁判所に対し、春夫を相手方として、旧賃借権の確認を求めて調停を申し立てた(同裁判所昭和五六年(ノ)第三号賃借権確認事件。以下「本件調停事件」という。)。右調停事件は、昭和五六年二月一七日から昭和五七年八月五日の調停成立まで約一年半にわたり合計一三回の調停期日を重ねた。

(三) 旧賃貸借契約の内容は春夫に一方的に有利なものであったうえ、被告夏夫は、本件委任契約締結前には、本件土地を現実に耕作したことも、地代を払ったこともなかったのに対し、春夫は、本件土地を現に一部耕作していたものであって、被告夏夫は、きわめて不利な立場にあった。

更に、相手方春夫及びその訴訟代理人は、終始調停を不調にしようとするなど強硬であって、しかも調停途中で春夫が死亡し、今度はその相続人多数が調停を不調にしようとするなど、本件調停事件は難件であったが、原告らは事件の処理に全力を尽くした。

(四) かくして、右調停事件は、昭和五七年八月五日、春夫相続人乙山一枝及び同乙山一夫(以下「一枝ら」という。)は、被告夏夫に対し、本件土地を、畑として耕作する目的で、期間は昭和五七年八月一日から五年間、小作料年額六万円の約定で賃貸し、これを引き渡す旨の調停が成立し(以下「本件調停」という。)、これによって、被告夏夫の依頼の目的はすべて満足を得、本件委任契約に基づく原告らの事務は完全に遂行された。

3 確定報酬の合意

(一) そこで、昭和五七年八月五日、原告らは、被告夏夫及びその長男被告一男との間で、被告らは、原告らに対し、本件委任事務処理に対する報酬として、連帯して、昭和五七年八月末日に二〇〇万円、昭和五八年三月末日に一一〇〇万円、合計一三〇〇万円を支払う旨の報酬契約(以下「本件報酬契約」という。)を締結した。

(二) 仮に、被告一男が連帯債務者ではないとしても、同被告は、原告らに対し、右同日、被告夏夫の右報酬支払債務の支払を連帯して保証することを約した。

(三) なお、原告らは、受任後、本件調停の成立までに、被告夏夫から、丙川を介して、着手金名下に三〇万ないし六〇万円の支払を受けたものの、右授受金員については、委任事務終了時に報酬として一括清算すべく、一部のみを受領したものであって、本件報酬契約における報酬とは、いわゆる成功報酬のほかに、着手金(既に受領した額を控除したもの)をも含む趣旨である。

4 一部弁済

原告らは、被告夏夫から、本件調停成立後、右報酬一三〇〇万円の内金二〇〇万円の支払を受けた。

5 よって、被告らは、原告らに対し、連帯して、本件報酬残金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月末日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)の事実は認める。同1(二)の事実中、原告らが東京弁護士会所属の弁護士であること、被告夏夫が、丙川の紹介により、原告らとの間で、春夫との本件土地に関する紛争事件の解決につき、本件委任契約を締結したこと、報酬は、これを委任事務処理の終了後に合意により定めることとしたこと、但し、その際、原告太郎、被告夏夫及び丙川の間で、右報酬は一〇〇〇万円を下回ることはないであろうことが一応の目安として表示されたことは認めるが、委任契約締結の日時及び委任の目的は否認する。本件委任契約が締結されたのは、昭和五六年一月である。又、本件委任契約の目的は、本件土地の所有権を取得するか、若しくは、本件土地に建物所有目的の借地権を設定することにあった。すなわち、本件委任契約の締結に際し、丙川は、原告太郎及び被告夏夫に対し、春夫は、戸籍上は長男となっているものの、亡松夫の実子ではなく、元来相続権を有しない筋合であるから、被告夏夫は本件土地の名義を自己の名義に変更させることができるし、少なくとも、本件土地上に建物を建てられる権利くらいは取得できるものである旨を説き、これがための助言及びその実現のための法的手続きの履践方を原告太郎に依頼したものであるところ、原告太郎は、被告夏夫及び丙川から事情を聴取し、資料も検討したうえ、丙川の見解に同調し、右依頼を承諾したものである。

2 同2(一)、(二)の事実は認める。同2(三)の事実中、旧賃貸借契約が春夫に有利な内容のものであったこと、被告夏夫が本件委任契約の締結まで本件土地を現実に耕作しあるいはその地代を支払ったことはなかったこと(そもそも地代の定めはなかった)、春夫が本件調停事件の継続中に死亡したことは認めるが、その余は知らない。同2(四)の事実中、昭和五七年八月五日、一枝らが被告夏夫に対し、本件土地を原告ら主張の目的、期間及び小作料で賃貸し、これを引き渡す旨の調停が成立したことは認め、その余は否認する。

3 同3(一)の事実中、原告らが、被告夏夫との間で、本件委任契約の報酬として、昭和五七年八月末日に二〇〇万円、昭和五八年三月末日に一一〇〇万円、合計一三〇〇万円を支払う旨の報酬契約を締結したことは認め、その余は否認する。同3(二)の事実は認める。同3(三)の事実中、原告らが、被告夏夫から、丙川を介して、着手金として六〇万円を受領したことは認め、その余は否認する。本件報酬契約においては成功報酬のみが定められていた。

4 同4の事実は認める。

三  抗弁(請求原因3に対し)

1 錯誤による無効

(一) 本件調停により成立した賃借権(以下「本件賃借権」という。)は、耕作目的の農地賃借権であって、賃借人は本件土地上に建物を建てることはできない内容のものであるうえ、本件土地は、市街化調整区域内にあり、その時価は、当時、坪約二万円にすぎなかった。

(二) 被告らが本件報酬契約において一三〇〇万円の支払ないしは右支払の保証の意思表示をなしたのは、本件調停係属中及び成立後、丙川及び原告らから、右調停の成立によって、被告夏夫は、本件土地上に建物を建てることができ、又、ほどなく本件土地を同被告名義に名義変更することができるものであること、本件土地の時価は坪二五万円を下回ることはないことの各説明を受け、そのように誤信していたからにほかならない。従って、右報酬支払ないしその保証の意思表示には要素の錯誤があり、無効である。

(三) 仮に、本件報酬支払及びその保証の意思表示においては前記(二)の動機の表示がなかったとしても、本件委任契約の締結の際、丙川は、被告夏夫及び原告太郎に対し、本件土地は本来被告夏夫の所有名義になるべきものであり、少なくとも同被告が本件土地上に建物を建てられる権利を有するものであって、原告らが本件委任事務の処理に成功すれば、被告夏夫は右権利を取得し、そうすれば本件土地に建物を建て分譲して多大な利益をあげることができる旨の説明をなしたものであるところ、被告夏夫は、これを信じたものであり、さればこそ本件委任事件の成功の暁には一〇〇〇万円位の謝礼をする用意がある旨を原告太郎に告げて本件委任契約を締結したものであって、右委任契約締結時のの事情からすれば、原告らは、被告らが、本件報酬契約締結の際も、前記(一)のような錯誤に陥っていることを知り、又は、知り得べきであったものというべきである。

2 暴利行為による無効

本件報酬契約は、次のとおり、原告らにおいて、被告夏夫の無思慮、無経験に乗じ、契約の等価交換性を著しく損なう不当に過大な利益の給付を受けるものであって、いわゆる暴利行為に該当し、公序良俗に反し、無効である。

(一) 客観的不均衡

(1) 本件土地(約一〇〇一坪)は市街化調整区域内の農地であって、その時価は、当時、坪約二万円の合計約二〇〇二万円であった。

これを東京弁護士会の弁護士報酬規定(当時施行のもの。)にあてはめて報酬額の標準額を算出すると、本件農地の賃借権ないし永小作権確認ないし設定の報酬標準額は、八七万円であり(同規定一五、一六条、一八条一項)、許容上限額は一一三万一〇〇〇円である(同規定一八条二項)。

(2) 仮に、本件土地の時価が原告らの主張するとおり坪約二五万円であるとしても、耕作目的の農地賃借権の場合、農地の時価がその農業収益力を著しく上回るときは、相当報酬額算定においては時価よりもむしろ農業収益力を重視すべきものであるところ、千葉県流山市の本件土地周辺の畑の収益力は、一般経費を控除して、年間一反あたり二六万八〇〇〇円であるから、本件土地の年間収益は約八九万二四四〇円というべきであり、これから特別経費(耕転機代六万六三〇〇円等合計二四万五三〇〇円)を控除すると、結局、年間六四万七一四〇円の収益しかあげられない計算となる。従って、本件報酬額一三〇〇万円は本件土地の約二〇年間もの収益に相当することになる。

(二) 主観的要件

被告夏夫は、尋常小学校卒業後、石炭荷役夫、タンクローリーの運転手等の肉体的労働に長年従事してきたもので、元来、法的素養に乏しかったうえ、当時六九歳の高齢であって、弁護士である原告ら及び自称運命評論家なる丙川の言を盲信していたものであるところ、原告らは、被告夏夫のかかる無思慮、軽率、無経験に乗じて本件報酬契約を締結したものである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)の事実中、本件賃借権が耕作目的の農地賃借権であって、賃借人が建物を建てることはできないものであること及び本件土地が市街化調整区域内にあることは認め、その時価については否認する。本件土地の時価は、当時、坪約二五万円を下回ることはなかった。同1(二)の事実中、原告らが、被告らに対し、本件土地の時価が坪二五万円を下回ることはないことを説明したことは認め、その余は否認する。同1(三)の事実中、本件委任契約の締結の際、被告夏夫が、原告太郎に対し、一〇〇〇万円位の謝礼を用意している旨を告げることは認め、その余は否認する。

なお、仮に本件報酬契約が錯誤により無効であるとしても、報酬契約の性質上、全部が無効とはなり得ず、本件報酬契約は、適性妥当な額の範囲では有効である。

2 同2(一)(1)の事実中、本件土地が市街化調整区域内の農地であることは認めるが、その余は否認する。本件土地は、市街化区域に隣接し、ただ地主が税負担の増加を避けている関係で市街化調整区域とされているものであり、その時価は、当時において、坪約二五万円を下回ることはなかった。従って、本件土地の時価は合計約二億五〇〇〇万円であり、これを前記弁護士会報酬規定にあてはめると、手数料及び謝金の標準額は、いずれも五五九万五〇〇〇円であり(同規定一八条一項)、その許容上限額はそれぞれ七二七万三五〇〇円である(同規定一八条二項)。ところが、本件においては原告らは手数料及び謝金を併せてこれを請求したものであるところ、この場合の許容額の上限は同規定一八条二項の上限額の二倍即ち一四五四万七〇〇〇円である(昭和六〇年施行の同弁護士会の弁護士報酬会規四条四項参照。)。従って、本件報酬契約による報酬額一三〇〇万円は、弁護士報酬規定の許容限度内の額である。本件の同2(一)(2)のうち、本件土地付近の農地の収益力については知らず、その余の主張は争う。同2(二)の事実中、被告夏夫の経歴及び年齢については認め、その余は否認する。

(乙事件)

一  請求原因

1 原告らによる本件報酬債権の存在の主張

原告らは、本件調停事件に関する訴訟委任契約に基づく弁護士報酬として、被告夏夫に対し、一一〇〇万円の債権を有していると主張し、これを請求している。

2 しかし、右債権は存在しないものであるから、被告夏夫は、原告らに対し、右一一〇〇万円の債務の不存在であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。

三  抗弁

1 委任契約

甲事件請求原因1のとおり。

2 委任事務の処理

甲事件請求原因2のとおり。

3 確定報酬の合意

甲事件請求原因3(一)、(三)のとおり。

4 一部弁済

被告夏夫は、原告らに対し、右報酬一三〇〇万円の内金二〇〇万円を支払った。

5 よって、原告らは、被告夏夫に対し、本件報酬残金一一〇〇万円の債権を有するものである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1ないし3の各事実に対する認否はそれぞれ甲事件請求原因1ないし3(一)、(三)に対する認否のとおり。

2 同4の事実は認める。

五  再抗弁(抗弁3に対し)

1 錯誤による無効

甲事件抗弁1のとおり。

2 暴利行為による無効

甲事件抗弁2のとおり

3 相当報酬額

本件委任契約に基づく相当報酬額は、被告夏夫の既払の二〇〇万円を上回ることはない。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実に対する認否は甲事件抗弁1に対する認否のとおり。

2 同2の事実に対する認否は甲事件抗弁2に対する認否のとおり。

3 同3の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

(甲事件)

一  請求原因1(委任契約)について

1  まず、被告夏夫と春夫が、昭和四二年一一月二八日、亡松夫(昭和二三年一月二〇日死亡)の遺産である本件土地は、春夫が相続したことを確認するとともに、被告夏夫がこれを畑として耕作する目的で期間二〇年の約定で賃借する旨の旧賃貸借契約を締結したこと、しかるに春夫は、被告夏夫の本件土地の使用を許さず、右賃借権の存在を否定する態度をとるに至ったことは当事者間に争いがない。

2  次に、本件委任契約の締結の経緯及び内容について判断する。

(一) 原告らがいずれも東京弁護士会所属の弁護士であること、被告夏夫が、知人丙川の紹介により、原告太郎に対し、本件土地に関する春夫との間の紛争事件の解決につき、委任事務の処理を依頼したところ、原告太郎は、これを自ら及び原告一郎の代理人として承諾したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右委任契約が締結されたのは、昭和五五年九月ないし一〇月頃であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) そこで、右委任契約の内容について検討するのに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告夏夫は、兄春夫が、竹子の婚姻前に生まれた子でありながら、亡松夫と竹子の婚姻により乙山家の長男となり、他方、被告夏夫は戸籍上長男から次男に改められた経緯に納得がいかず、かつ、乙山家の宗家の主となった春夫が、亡松夫の遺産の大部分を取得ないし支配するに至ったことについて、かねて不満を抱いていたところから、昭和四二年九月ないし一〇月頃、旧知の丙川とともに、春夫に対し、亡松夫の遺産である本件土地を被告夏夫に分割譲与することを求めたが、これは容れられず、代わりに、同年四二年一一月二八日、旧賃貸借契約が締結されたものであるところ、右契約は耕作目的の農地賃借権を設定するものにすぎなかったものの、当時、該三者間においては、本件土地は、一〇年もすれば、その付近の市街化が漸進し、人家が建ち並ぶであろうから、その際は、もはや耕作によることなく、土地上に家を建てて賃貸して収益をあげるのが良いとの共通の認識があったことから、被告夏夫及び丙川は、右賃借権によって、とりあえず、被告夏夫の分家としての地歩が確保されたものと考えていたこと、

(2) しかるに、本件土地は、被告夏夫が放置する間に、春夫が一部耕作することとなったうえ、昭和五五年頃、被告夏夫が本件土地を開墾、耕作しようとしたところ、春夫がこれを許さず、旧賃貸借契約の存在を否定する態度にでたため、被告夏夫は、再度、丙川に相談したところ、丙川は、被告夏夫に対し、春夫は亡松夫の実の子ではなく、元来、相続権を有しない筋合であるから、被告夏夫は、戸籍を訂正して、本件土地の名義を、同被告の名義に変更することができるし、少なくとも、被告夏夫は、本件土地上に建物を建てられる権利くらいは有するものであるから、弁護士に依頼して右権利を回復ないし取得し、本件土地を造成して建物を建て、これを賃貸ないし分譲し、その利益のうち五〇〇〇万円を被告夏夫が取得し、一〇〇〇万円を弁護士報酬の支払いに充て、残額を丙川のものとする旨の計画を提案したこと、被告夏夫は、右丙川の言を信じて、右計画に賛同し、これを丙川の指導のもとに実現することを承諾したこと、

(3) そこで、丙川は、被告夏夫に対し、弁護士原告太郎を紹介するとともに、原告太郎に対しても、叙上の事情を説明し、前記計画の実現のための助言及び有効な法的手段の履践方を求めたところ、原告太郎は、被告夏夫らに対し、太郎の戸籍には問題があるうえ、旧賃貸借契約は、単なる農地賃借権の設定ではなく、被告夏夫に対する遺産分割としての性質を有するものであるから、被告夏夫が相続権を主張して右土地に耕作を続けるなら、永久に土地賃借権を主張することができ、ひいて地目を変更し、建物を建て、乙山家の分家として立派に存立していくことができる旨説明したが、他方、まずは土地に関する調停のみを申し立て、賃借権確認の調停が成功したらその段階で戸籍、遺産分割の問題も検討するとの方針を示して本件委任契約を締結したこと、

(4) 受任後、原告らは、農地賃借権の確認を求めて調停を申し立て、右調停の経過は、途中、調停委員から、本件土地の半分を被告夏夫の所有とする案も提案され、検討されたこともあったものの、基本的には、賃借権をめぐる交渉に終始していたこと、

(5) 原告太郎及び丙川は、遅くとも、右調停係属中には、本件土地が市街化調整区域内にあることを知っていたけれども、本件土地が市街化区域に隣接していたこと、付近の市街化の進展状況及び都市近郊農地の宅地化の一般的傾向からみて、本件土地が、遠からざる将来、市街化区域となり、建物の建築所有に対する規制が撤廃され、その地価も上昇するとの推測をなし、従って、とりあえず農地賃借権を確保しておくことが重要であると考えていたものであり、市街化調整区域の指定の有無についてはこれを関知しなかった被告夏夫としても、本件土地の性状、価値について実質的には同様の推測をしていたこと。

以上の事実によれば、原告太郎及び被告夏夫は、付近の市街化の進展状況等から、遠からざる将来、市街化区域となり、建物の建築所有に対する規制は撤廃され、地価も上昇するとの土地の将来の性状を見越し、更に、被告夏夫が将来いわゆる分家としての地歩を高めていくこと等も計算に入れて、最終的には建物所有目的の賃借権あるいは所有権を取得する計画を立てながら、とりあえず、現状においては、いわばその第一段階として、農地賃借権を確保することを目的として本件委任契約を締結したものと推認することができる。

被告夏夫は、本件委任契約の目的は、本件土地の所有権の取得又は建物所有目的の賃借権の設定にあったと主張し、なるほど《証拠省略》によれば、原告太郎は、受任の当初から、しばしば、被告夏夫及び丙川に対し、本件土地は、被告夏夫の名義に変更されるものであり、そうなれば、家を建てることも、貸すことも、売ることもできる旨説明していたこと、又、右委任契約の締結の際、丙川、被告夏夫及び原告太郎の間で、成功の暁には一〇〇〇万円位の報酬を支払う旨の一応の目安が示されていたものであるところ、右については、被告夏夫及び丙川は、本件土地に建物を建て、これを第三者に賃貸することのできる権利が取得されることを前提としていたからこそ、一〇〇〇万円の報酬支払もやむなしと思っていたものであり、これを畑として耕作するのみであれば、年収数十万円にしかならず、金銭的には殆ど価値がないものであると思っていたことの各事実が認められるものの、他方、叙上認定のとおり、原告太郎は、被告夏夫らの計画は実現可能であるとの見解を示しはしたが、あわせて、右計画が、市街化の進行、法規上の制限の撤廃、身分上の問題の解決等を前提とするもであったため、とりあえず農地賃借権確認の調停を申し立てる方針を選択し、これについては被告夏夫らにも説明していたことが明らかであって、この間、原告太郎の被告夏夫らに対する右説明、対応が、不適切で、被告夏夫らの誤解を招きかねないものがあったことは否めないものの、結局、右名義変更の説明及び報酬の目安の表示は、原告らが将来、第二次、第三次と段階的に受任して右計画が最終的に実現した際に実現するであろう利益及びこれに対する報酬の総体を示していたものであって、当座の委任契約の目的及び範囲(まず、確実に処理される事務を目的とするのが、この種の委任契約当事者の通常の意思に合致するものというべきである。)に対応するものではなかったものというべきであるから、本件委任契約の目的についての前記認定を左右するものではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

二  原告らが昭和五六年一月、春夫を相手方として、旧賃借権の確認を求めて本件調停事件を申し立てたこと、右調停事件は、翌五七年八月五日、春夫相続人一枝らが、被告夏夫に対し、本件土地を、畑として耕作する目的で、期間五年、小作料年額六万円の約定で賃貸し、これを引き渡す旨の調停が成立して終了したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右調停は、小作主事の意見を聞いて成立したものであって、耕作目的以外の使用、賃借権の無断譲渡、無断転貸等を禁止し、被告夏夫が本件土地を一年以上にわたり耕作しない場合は、一枝らは、千葉県知事の許可を得て右賃貸借契約を解除することができる等の条項が定められていたことが認められる。

三  進んで、確定報酬の合意について検討する。

1  右調停の成立した昭和五七年八月五日、原告らと被告夏夫との間で、本件委任契約の報酬として、一三〇〇万円を支払う旨の報酬契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

2  次に、被告一男についてみるのに、被告一男が被告夏夫の長男であることは当事者間に争いがなく、又、既に認定した事情からすれば、本件賃借権は、いわば分家の財産の一形態として、被告一男も事実上これを享受することもあり得ないことではないけれども、被告一男が本件委任契約の当事者であったことは本件全証拠をもってしても認められず、却って、《証拠省略》によれば、被告一男は、原告らの要請により、本件調停期日に、終盤に至って数回出席したものの、本件委任契約締結の過程から調停成立に至るまでの間、殆どこれに関与していないこと、本件報酬契約に際して作成された覚書においては、保証人欄に署名しているにすぎない等の事実が認められる。従って、被告一男が本件報酬の支払について連帯債務を負担したとの原告らの主張は採ることができない。

しかし、同被告が、原告らに対し、前同日、前記1の被告夏夫の報酬金債務の支払を被告夏夫と連帯して保証したものであることは、当事者間に争いがない。

四  抗弁1(錯誤による無効)について

1  本件賃借権が耕作目的の農地賃借権であって、賃借人が建物を建てることはできないものであること、本件土地が当時から市街化調整区域内にあったこと及び原告らが、被告らに対し、本件報酬契約締結の際、本件土地の時価は坪二五万円を下回ることはないことを説明したことは、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告らは、本件調停によって設定された賃借権が、耕作目的の農地賃借権であることは一応これを知っていたことが認められる。

2  そこで、本件土地の時価について検討するのに、《証拠省略》によれば、本件土地の昭和五七年八月当時の時価は、一平方メートル当たり一万四〇〇〇円(坪約四万六二〇〇円)内外、総額四六〇〇万円内外であったことが認められる。原告らは、右時価は、坪二五万円総額二億五〇〇〇万円を下回ることはなかったと主張し、右主張に副った記載のある《証拠省略》があるが、右は、作成者の時価に対する意見を報告するものにすぎず、何らの算出根拠をも示さないものであって、俄かに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  1、2認定の事実、一で認定した本件委任契約締結の経緯及び内容並びに二で認定した本件賃借権の内容からすれば、被告らは、本件賃借権が耕作目的の農地賃借権であることは知っていたものの、本件調停調書の効力及び本件土地の性状等から、被告夏夫が、右賃借権を基礎として、さほど遠からぬ将来において本件土地上に建物を建築所有できるものであって、ここに同被告の当初の計画が殆ど完全に実現したものであり、しかも、本件土地は時価坪約二五万円の価値があるものであると誤信したため、一三〇〇万円もの高額の報酬の支払及びその連帯保証の意思表示をしたものであって、事実は、本件賃借権によっては、本件土地上に建物を建てることはできないし、近い将来において建物が建てられる確たる見込みもないものであるうえ、本件土地は、市街化調整区域内であること等の事情のため、時価坪五万円にも満たないものであったことを被告らが知っていれば、このような意思表示は決してしなかったものといわざるを得ないから、被告らの右意思表示には、重要な動機に錯誤があったものというべきである。そして、1、2認定の事実及び一認定の本件委任契約締結の経緯からすれば、本件報酬契約締結の際、被告らの右動機は少なくとも黙示的には表示されていたことを優に認定することができる。従って、被告らの本件報酬支払及びその連帯保証の意思表示は、いずれもその要素に錯誤があったものであり、本件報酬契約は無効であるといわざるをえない。

4  尤も、原告らは、本件報酬契約が錯誤により無効であるとしても、全部が無効とはなり得ず、適正妥当な報酬額の範囲内では有効であると主張するので、次にこの点について検討するのに、錯誤の瑕疵のある意思表示においても、当該意思表示により当事者の意図した目的、錯誤の内容及び性質等を考察して、意思表示が瑕疵のある部分としからざる残部とに可分の場合は、当事者の所期の目的に背き当事者の公平にも反するような場合を除き、意思表示の一部に限って無効とし、残部の有効性を肯定すべきであるところ、叙上の事実のもとでは、本件報酬契約及びその連帯保証契約における被告らの意思表示は、本件委任契約に基づき被告夏夫が支払うべき相当額の報酬を支払い、ないしは、これを保証して、依頼者としての責務を果たし、かつ、その取得利益を確保することにその目的があったものであることは疑いなく、ただ、被告らにおいて、被告夏夫の受けた利益の性質、価値を誤解し、これを過大に評価したため、該相当額の判断を誤っていたものということができるところ、右性質、価値についても、被告らは、被告夏夫が、本件調停により、少なくとも耕作目的の農地賃借権を取得したものであることは、誤りなく理解していたものであるから、右権利を取得すること及びこれに応じて本件報酬契約に表示した報酬額の範囲内での相当報酬額を支払うこととして、右報酬契約の効力を一部肯認しても、当事者の意思に合致こそすれば、被告らに対して不測の損害を与えるものではないうえ、弁護士と依頼者との間の委任契約においては、報酬について別段の約定がなくとも、特段の事情がない限り、相当額の報酬を支払う旨の黙示の合意があるものと推認すべきものであるところ、本件全証拠においても、右特別の事情の存在は認められず、却って、被告夏夫において、被告夏夫が取得した利益に応じた相当報酬額であれば現在でもこれを支払う意思のあることを表明していることが本件記録上明らかであること等の事情からすれば、右報酬契約及びその連帯保証契約は、相当報酬額を超える部分についてのみ錯誤により無効になるものというべきである。

五  そこで、次に、本件委任契約に基づく相当報酬額について検討する。

1  弁護士の委任事務処理に対する報酬の額について当事者間に別段の合意の認められない場合には、委任の目的達成により依頼者の受ける利益、委任の際の経緯、事件の難易、訴訟実費及び労力の程度、依頼者との関係、所属弁護士会の報酬規定等諸般の事情を斟酌し、当事者の合理的意思を推定して相当報酬額を算出すべきものであって、右は報酬合意が錯誤により一部無効と帰した本件の場合も同様である。又、本件のように、当事者が、土地の性状及び依頼者と紛争相手方との身分上の関係についての将来の状況を見越して委任の目的たる権利ないし地位の価値を評価していた等の特殊の事情がある場合は、当事者の意思を探求するにあたり、合理性を失わぬ限りにおいて、右事情もまた勘案することが許されるものというべきである。

2  そこで、以下、検討するのに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 本件委任事件の依頼の趣旨は、既に見たとおり、被告夏夫に対して、亡松夫の遺産である本件土地について、農地賃借権を確保することにあったものであるところ、本件調停の成立によって、五年の期間の定めのある耕作目的の農地賃借権は確保されたものであるうえ、旧賃貸借契約は、地代の定めもなく、千葉県知事の許可(農地法三条)もないものであったことに鑑みれば、本件委任の目的は達成されたものと一応いうことができること、

(二) 尤も、本件調停成立当時、本件土地は、永く放置され荒廃していたため、本件賃借権を取得した被告夏夫において、これが開墾を要し、同被告は、今日まで、東京都調布市の肩書住所地から又は松戸在住の娘の家から通い、あるいは本件土地上に建てた仮設の小屋に泊まって、これを開墾し、耕作しているものの、収穫は、毎年一〇万円内外にすぎないものであること、本件土地近隣地域の昭和五六年度野菜畑所得の標準は一反当たり約二六万八〇〇〇円であったこと、

(三) 被告夏夫が本件土地の耕作を継続すれば、本件賃借権が更新される可能性は高く、また、一枝らと被告夏夫の関係は、現状では良好とはいい難いけれども、両者の親族関係等からすれば、本件賃借権がかなり長期にわたり継続される可能性もないわけではないこと、該土地は、市街化調整区域内にあるものの、総武流山電鉄丁原駅の北東方約一・六キロメートル、東武野田線戊田駅の西南方約一・七キロメートルの位置(いずれも直線距離)に所在するもので、市街化区域に接する土地であり、他方、市街化区域の住宅地においては、当時、三輪野山においても基準地価格一平方メートル当たり一〇万円程度の地点もあったこと等からすれば、被告夏夫の地位並びに本件土地の性状及び価値等についてある程度の将来性も見込むことができなくはないが、しかし、右は、累次の仮定を含んだ予測の域を出ず、本件土地が近く市街化区域になる確たる見込みの存することは認められないし、少なくとも、近い将来において、被告夏夫がこの権利を基礎として本件土地に建物を建てる権利を取得すと蓋然性は低いものといわざるを得ないこと、

(四) 受任後、原告太郎は、被告夏夫及び丙川からの事情聴取の後、春夫の相続権に疑義ありと判断して、春夫及び竹子の戸籍謄本を調査し、同様に、亡松夫の遺産である各土地の登記簿謄本を調査して(右事実は当事者間に争いがない。)、亡松夫の遺産分割状況及び身分関係について広汎に検討、研究し、さらに、現地の農地委員会を訪れて農地の譲渡許可の可能性を調査する等の事前準備をなしたうえ(右事実は当事者間に争いがない。)、法的手段として、調停の手続によることとし、松戸簡易裁判所に対し賃借権確認の調停の申立をしたものであり、右調停には、原告太郎は、第一回期日から、原告一郎は第五回期日頃から出席したものであるが、被告夏夫と春夫の感情的対立が尖鋭であったこと、被告夏夫の耕作の実績が皆無であったこと等から、春夫及びその訴訟代理人が被告夏夫に対する賃貸を容易に承知せぬうち、春夫は第四回期日後の昭和五六年八月一九日死亡し、以後は春夫の多数の相続人を相手方として、これを忍耐強く説得する必要が生じ(但し、昭和五七年四月一六日までには、一枝らが本件土地を相続により取得し、春夫の承継人となった。)、又、途中、調停委員から、本件土地の半分を被告夏夫の所有とする旨の提案もあったものの、相手方の承服するところとならなかった等の経過もあって、結局、被告夏夫が現実に耕作することを賃貸の条件とする相手方の意向を汲んで、前記三の内容の賃借権を設定する調停の成立を得たのであって、右過程における原告らの委任事務処理のための労力もまた、評価さるべきであること、

(五) 又、本件委任事件と関連して、本件調停事件の終盤である昭和五七年四月頃、被告夏夫は、戸籍訂正の点も実現すべく、原告らに相談することなく、東京家庭裁判所に対して、春夫の戸籍の訂正を申し立てたが、結局、原告太郎に右申立事件についても追行を求める結果となり、以後、同年九月頃被告一男が右戸籍訂正事件の取下を求めるまで、原告太郎がこれに携わったこともあったこと、

(六) しかしまた、依頼者から紛争の法的解決を依頼され、これを受任した弁護士としては、必ずしも法律に明るくなく、また、ともすれば自己の利益に対する期待から状況把握を誤りやすい依頼者に対して説明、助言をなすにおいては、正確、慎重にこれをなして依頼者の利益を守るべきものであるところ、本件において、受任時及び受任中の原告らの説明及び助言がいささか的確を欠くうらみがあったことは否定できず、ひいて、被告らと原告らの状況把握において齟齬を生じる結果となったものであること。

3  次に、《証拠省略》である東京弁護士会昭和五〇年七月一日施行の弁護士報酬規定(以下「報酬規定」という。)によれば、民事訴訟事件の手数料及び謝金について、経済的利益の価格が一〇〇〇万円までの累計額は、手数料、謝金それぞれにつき八四万五〇〇〇円(増減許容額は、五九万一五〇〇円から一〇九万八五〇〇円)、一〇〇〇万円を超え五〇〇〇万円以下の部分については手数料、謝金のそれぞれにつき五パーセント(増減許容額は、三・五パーセントから六・五パーセント)と定められ(同規定一八条)、調停事件については、右規定を準用するが、それぞれの額を三分の二に減額することができるものとされている(同規定二〇条一項)こと、また、賃借権、永小作権については、その経済的利益の価格は、原則として、対象たる物の時価の二分の一とされている(同規定一六条六号)ことが認められる。

4  右規定の斟酌にあたって、原告らは、本件報酬契約においては、いわゆる成功報酬と着手金とを一括して報酬として定めたものである旨を主張するので、この点につき検討するのに、《証拠省略》によれば、原告らは、受任後、本件調停成立後までに、着手金として数十万円(三〇万円ないし六〇万円)の支払を受けたものの、右については、本件委任契約において、当事者間に特段の定めがあったものではなく、委任事務処理の過程において、丙川が、随時、立替払をしていたものであること、被告夏夫としても、終始、事件終了後に、一切を含めて謝礼をなすつもりでいたものであることが認められ、右各事実及び既に認定した本件委任契約締結の経緯からすれば、本件委任契約当事者間においては、着手金はこれを相対的に低廉とし、委任事務終了後に着手金も含めて清算するつもりであったことを肯認することができ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

5  2、4認定の諸事情及び3記載の報酬規定の定めを斟酌して、本件について相当報酬額を算定するのに、まず、本件委任の目的達成により被告夏夫の受けた利益については、本件土地の昭和五七年八月当時の時価が総額四六〇〇万円内外とみるべきであることは五2で認定したとおりであるが、本件においては、右時価に加えて、当事者が、将来における状況を見越した土地の性状及び価値に着目していたという事情を参酌評価すべきであること(右に関して、《証拠省略》の不動産鑑定評価書により認められる、昭和五七年度の千葉県の市街化調整区域の耕作目的畑売買価格(一平方メートル当たり)は都市近郊部において一万六六一〇円、東葛飾郡市において二万一一二三円であったことが考慮される。)、しかし、他方、本件は農地賃借権であって、右権利の性質上、その価値は、土地の時価との対比においては相当の減額を免れないものといわざるを得ないこと、その他、本件賃借権は、被告夏夫が耕作を継続すれば、更新される可能性が高いものであること、しかし、本件土地の耕作を継続するための被告夏夫の労苦も相当甚大であること、当時の本件土地近隣地域の野菜畑所得の標準は一反当たり三〇万円に満たないものであること等諸般の事情を考慮すれば、右利益の額は、結局、本件土地の時価に前記報酬規定一六条六号を形式的にあてはめた二三〇〇万円よりは相当程度減額されたものになるものというべきである。

又、本件は、調停事件であるところ、前記報酬規定二〇条一項も規定する如く、調停事件は、報酬額に関していえば、訴訟事件と対比して、減額類型に属するものであることは否定できず、また、原告らが既に着手金の一部を受領していることも、報酬額認定において減額要素として考慮されざるを得ない。

しかしまた、原告らが、受任後から、本件土地のみならず紛争当事者の複雑な身分関係、遺産分割関係まで、多岐にわたり検討、研究したこと、途中、相手方の死亡、相続等を経ながら、一年半余にわたり、相手方を説得し、融和し難い親族間の紛争のなかで、被告夏夫にその父の遺産に属する土地についての権利、地歩を取得させるべく努力を尽くし、そしてそれを取得したことも前記認定の事実から明らかである。

以上の事実に本件委任契約締結に至る経緯その他の諸般の事情を総合勘案すれば、本件委任契約に基づき被告夏夫が原告らに対して支払うべき事務処理報酬(着手金の残額も含む)の額は、三〇〇万円をもって相当とすべきである。

六  そうであるとすれば、結局、本件報酬契約は、被告夏夫が、原告らに対して、三〇〇万円の報酬を支払う限度において有効であり、その余は無効であって、また、原告らと被告一男の連帯保証契約も右主債務の額の限度で有効であるものというべきである。そして、その弁済期は、右報酬契約における約定から、内金二〇〇万円については昭和五七年八月末日、残金一〇〇万円については、翌五八年三月末日であるものと解するのが相当である。

七  尤も、被告らは、さらに、本件報酬契約は、いわゆる暴利行為であって、公序良俗に反し無効である旨を主張するが、本件委任事務処理に対する相当報酬額が三〇〇万円であることは五認定のとおりであり、如上認定の事実からすれば、原告らは、受任後、被告夏夫に本件農地賃借権を取得させるために、多大の労力を注ぎ、これを獲得したものであって、委任事務の処理自体が、被告夏夫のためになされたものであることは疑いの余地なく、本件報酬契約についても、原告らとしては、右労力と成果に対しては、相当高額の報酬が得られてしかるべきであるものと判断していたことが窺われることなどからすれば、本件報酬契約が暴利行為に該当するものであるとまでいうことはできない。

八  被告夏夫が、原告らに対し、本件委任契約に基づく報酬として、二〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

九  従って、原告らは、被告らに対し、被告夏夫に対しては、本件委任契約に基づく報酬残金として、被告一男に対しては右債務の連帯保証金として、各自一〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五八年四月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金債権をそれぞれ有するものである。

一〇  以上のとおりであるから、原告らの請求は、被告らに対する各自一〇〇万円の報酬金残金及びこれに対する昭和五八年四月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余の請求は失当である。

(乙事件)

一  請求原因一1の事実(原告らによる本件報酬債権の存在の主張)は当事者間に争いがない。

二  原告らと被告夏夫との間で、昭和五五年九月ないし一〇月頃、春夫と被告夏夫の紛争の対象たる本件土地の性質、性状についての将来の状況等を見越して、本件土地について被告夏夫の農地賃借権を確保すべく、本件委任契約が締結されたこと、原告らが、昭和五六年一月頃、春夫を相手方として、松戸簡易裁判所昭和五六年(ノ)第三号賃借権確認調停事件を申し立て、翌五七年八月五日、調停が成立し、被告夏夫は、本件土地について農地賃借権を取得して、本件委任事務の処理は終了したこと、同日、原告らと被告夏夫との間で、被告夏夫は、原告らに対し、本件委任契約に基づく報酬として一三〇〇万円を支払う旨の報酬の合意をしたことは甲事件一ないし三において認定したとおりであり、被告夏夫が、右報酬の内金二〇〇万円を支払ったことは甲事件八において認定したとおりである。

三  しかし、被告夏夫の右報酬支払の意思表示には、その動機に重大な錯誤があり、かつ、右動機は表示されていたものであって、右報酬の合意は、本件委任事務処理に対する適性妥当な報酬額を超える部分に限り、要素の錯誤により無効であるものといわざるを得ず、かつ、右報酬額は三〇〇万円をもって相当とすべきものであることは、甲事件四ないし六において判示したとおりであり、また、本件報酬契約が暴利契約に該当するものということができないことは、甲事件七において説示したとおりである。

四  そして、前示のとおり、被告夏夫は、右内金二〇〇万円を弁済していることが認められるものであるから、その余点につき判断するまでもなく、被告夏夫の請求は、被告夏夫の原告らに対する本件委任契約に基づく報酬金債務は右報酬残金一〇〇万円を超えて存在しないことを確認する限度で理由があり、その余は理由がないものというべきである。

(結論)

以上の次第であって、甲事件については原告らの請求は、被告らに対する各自一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、乙事件については被告夏夫の請求は、原告らに対する本件報酬金債務は元本につき一〇〇万円を超えて存在しないことを確認する限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 大橋弘 杉原麗)

<以下省略>

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